086-photo01.jpg 先月末から今月アタマにかけて、エチオピアからS.A .Bagersh PLC(バガーシュ社)という会社の社長Abdullah Bagersh氏(アブドラ)とその弟のOmar Bagersh氏(オマール)が来日していました。

兼松と同社とは約15年来の付き合いがあり、特に2007年頃に大ヒットを記録した『モカイディド・ナチュラル』を手がけたことで有名な会社です。
この会社はエチオピアに3代続く伝統的輸出業者であり、現在も大手の一角を占めることで業界内でも広く認知されています。
社長のアブドラは社業の他に EAFCA(東アフリカファインコーヒー協会=アフリカのSCAA的存在)のエチオピア代表を、またコーヒーを含めたエチオピアの農作物オークションシステム・ECXの運営会社理事も務めています。
弟のオマールは自社農園経営会社の社長を務める傍ら、輸出業者であるバガーシュ社の役員として兄貴のサポート役をも務めています。
086-photo02.jpg
086-photo03.jpg この様に業界の成功者である彼らから、おごった姿勢などは微塵も感じられません。常に日本のお客さんを大切にしたいという姿勢が感じられて非常に気持ちのよい兄弟なのです。

もちろんお互いにビジネスですから、商売人としてのパフォーマンスも多少はあるのかもしれません。しかしおよそ一週間強という期間を一緒に過ごして、本当にピュアな人たちなのだと言うことを改めて感じました。

私はここ数年間、1年に1~2回はエチオピアに出張し、その都度一緒に時を過ごしているのですが、今回日本というアウェイ環境で時差ボケもあろう中で共有した時間は、私が現地で感じるよりもより彼らの人柄を際立たせてくれたように感じました。

実はバガーシュ家の兄弟は6人兄弟で、アブドラは長男、間に女性を挟んでオマールは次男、さらに3人の男性がその下に居て、皆それぞれが経済界で成功しています。
紅一点の女性はUAEのドバイで広告代理店を創業して成功していたり、一番年下のワリードはエチオピアで本屋を経営して成功していて、その皆さんがとても素晴らしい性格の方で、兄弟仲良く助け合っているのが良くわかるのです。

なぜこの様に裕福な家庭で育った兄弟の全員が、ドラ息子化せずに皆ちゃんとしているのか?私はこの疑問をOmarにぶつけてみました。

まず語りだしたのは、「私達は裕福ではありませんでした」というところからでした。


086-photo05.jpg
私はてっきり、3代目には初代から2代目に受け継がれた富が継承されているものだとばかり思い込んでいたのです。しかしそれは違いました。

バガーシュの創業は1943年。イエメンからの移民であるお爺さんが立ち上げました。
その後エチオピアは1975年~1991年の間、社会主義国家となっています。

その間には、お爺さんが創業し積み上げた財産が国家に接収され、コーヒー輸出業者の体を保つのが精一杯といった状況だった様です。
そんな政治情勢の中、お爺さんには息子が一人しか居らず(これがアブドラとオマールのお父さん)、その息子には最大限の教育を施したといいます。本、音楽、語学の教育にはお金を惜しまなかったといいます。お爺さんは、息子に自分にないものを全て授けようとし、また息子もそれを全身全霊で吸収したといいます。

成長した2代目は、得意の営業を武器に販路を拡大して初代に貢献したそうです。
しかし時は社会主義体制下、エチオピア国内では反体制派ゲリラによる動乱なども頻発し非常に不安定な時期だったといいます。

やがて2代目が完全に事業を継ぐとまもなくして、6人の子供達を『教育』という名目で国外に避難させました。名目は聞こえは良いですが、結果だけを見ると一家離散に近いものがあります。

アブドラは米国ヒューストンへ留学し卒業後はそのままエンジニアとして一般企業に就職。
オマールはイエメンに留学し、卒業後いち早く帰国して父親を手伝ったそうです。年若い兄弟たちもそれぞれ親戚などを伝って海外に出されたそうです。その間の教育費などは、実は長子アブドラが大部分を負担して両親を助けたそうです。

ほどなくして1991年に社会主義体制が崩壊。資本主義国家が建ってすぐ2代目が急死。
オマールはアブドラを呼び戻し、ここから二人の新時代が始まったという歴史があったのでした。

二代目は子供を育てる過程で、子供達に商売には一切関与させなかったのだと言います。
もちろん遊び場にはコーヒー豆が常にあって、手選別をする工員のおばちゃん達に可愛がってもらったことなどは記憶にあるのですが、それ以上のことはなかったと。

だからいざ若い二人が経営に携わることになったとき、二人は呆然としました。
看板を汚してはいけない、だけど何をすればよいのかと必死だったのだそうです。
商売の火を消してはいけない、しかし差別化をしなければ淘汰されてしまう。。。そんな苦悩の中から、あのイディドナチュラルの製法が誕生したのです。

自分の考え方に染まってしまうのを嫌い、敢えて息子達に帝王学を授けなかった父親の慧眼の偉大さもここへ来て浮かび上がって来るようです。

お父さんの口癖は、子供が小さいときからずっと一貫して「兄弟仲良くして母親を助けろ。これさえ守れば多少のことは目をつぶってやる」だったそうです。

まるで自分の亡き後を見通していたかのように聞こえます。もしくは兄弟の居なかった自分では想像できないことが起こるのを心配していたのかもしれません。
この様な子を思う親の気持ちを汲み取って、また長兄に対する恩義も手伝って、子供達は皆一致団結し努力して成功を収めたのでしょう。そして成功した今でも現状におごることなく、謙虚な姿勢を皆で貫いているのでしょう。

最後にオマールはこう付け加えました。
「人間、苦しいとき(hard time)を知っていることが大切。その記憶があれば、どんなに成功しても自らを見誤ることは無い。一家離散したときは、悲しかったからね。もうあんな思いはしたくないんだ。」

086-photo06.jpg 長年アブドラ達と商売をしていて、時に強情な結論を突きつけてくるこの連中に対して腹が立つときもありました。
しかし背後に流れる一家の系譜と3代続く会社としての哲学に触れることで、相手の主張の背景が見えてくるのだ、ということを学ぶことが出来ました。

これからも、人を表面だけでなく内面から理解しながら商売を創り守りたい、そんなことを考えさせてくれる兄弟の来日でした。