■イタリアバールまとめ
もともとイタリアでは専門店で買い物をする志向が強い。肉は肉専門店、シャツは仕立て屋で、といった感覚が一般的であり、スーパーやデパートといった形の総花的商店はあまり多く存在しない。
日本では専門店の集合体・「商店街」は廃れていく一方であるが、イタリアではまさにこの商店街が依然として幅を利かせており、これが国民性に合致している為淘汰は当分起こりえないだろう。

こうした背景があり、また後述するような歴史的動向も重なりイタリアでバールが発展したのは必然であると感じた。
人々は自らのお気に入りのバールに一日に何度も足を運ぶ。多い人間では8~9杯もエスプレッソを飲む人間がいるという。
イタリア各地で、その土地に合ったテイストのコーヒーを、常連を中心とした薄利多売方式で売ることで商売が成り立っている。

ローマ、ナポリの比較としては、味の違いが際立っていた。
ローマでは中米産アラビカを好んで使いフィニッシュが酸味でまとめられている傾向が高かった。
一方でナポリでは、ブラジル・コロンビア・中米低地産等を中心としたボディ系を使用したブレンドが好まれており、液量25~30ccに対するコーヒー豆の使用量も多いように感じられた。

やはり一般的に言われているように、工業化が進んでホワイトカラーの多い北部と労働者階級の多い南部とでは一日の刺激に求める味、また求める糖分が違うのであろう。

■バールの歴史
1863年にウィーンを包囲したトルコ軍が不眠不休で進撃できたのもコーヒーの効果だと言われていた。
それを退却させるのに一役買ったのはマナレージという男で、ウィーンを救った褒美にトルコ軍が残していった大量のコーヒー豆を貰い受けた。このマナレージはフィレンツェで食料品問屋を営んでいた関係で、貰い受けたコーヒー豆を自分で焙煎し一般客に販売を開始した。

当時イタリアではフランスからカフェが伝わっており、そこは貴族や文化人が優雅な時間を過ごすところであり、庶民には縁の無い場所であった。ローマのカフェ・グレコやナポリのカフェ・カンブリヌスなどはそれぞれ店名にカフェとついており、これらはみなその頃から続く高級店である。
マナレージは、カフェと同じ方法でコーヒーを抽出し、試飲サービスつきの販売を開始した。試飲なので、テーブルや椅子は置かずにカウンターで立ち飲みのスタイルを取った。これが「バール」の起源とされている。ちなみに語源は「Bar」であり、立ち飲みの際に腕を乗せたりする止まり木的な意味合いの単語にちなんだもの。

■カフェの歴史
パリで最初のカフェがオープンしたのは17世紀半ば。
18世紀に入るころには300軒ほどのカフェがあり、フランス革命前には700軒ほどになっていたという。
ルソー、ディドロといった思想家のほか革命家や政治家もカフェに集まり、議論を行ったり、密議をこらす場面が見られた。
カフェはフランス人の生活に根付いており、ヴェルレーヌやランボー、マラルメ、ピカソなどの文化人、芸術家が出入りしたカフェも多く存在した。

そもそもカフェの起源はコーヒー・ハウス(Coffeehouse)までさかのぼる。
コーヒー・ハウスとは、17世紀半ばから18世紀にかけて、イギリスで流行した喫茶店(兼社交場)の形態である。

清教徒革命期の1650年、オックスフォードにユダヤ人が開いたのがヨーロッパ最初のコーヒー・ハウスと言われる。
もともとコーヒーはイスラム世界に発するもので、オスマン帝国(トルコ)の首都イスタンブルには早くからカフヴェハーネ(直訳すれば「コーヒーの家」)と呼ばれるコーヒー店があり、喫茶店兼社交場の機能を果たしていた。

その後、ロンドンにもコーヒー・ハウスが開店し、王政復古(1660年)、ロンドン大火(1666年)の時期を経て増加し、多くの客のたまり場となった。
コーヒー・ハウスでは酒を出さず、コーヒー、たばこを楽しみながら、新聞や雑誌を読んだり、客同士で政治談議や世間話をしたりしていた。
こうした談義や世間話は、近代市民社会を支える世論を形成する重要な空間となり、イギリス民主主義の基盤としても機能したといわれる。(フランス革命においてカフェが果たした役割と比較される)

コーヒー・ハウスは、情報収集の場としても重要な役割を果たした。
有名な店にギャラウェイ・コーヒー・ハウスがある。17世紀中頃、当時の金融の中心地であったロンドン・シティの取引所近くに開かれ、多くの商人が情報を求めて集まったという。

また、ロイズ・コーヒー・ハウスには、船主たちが多く集まり、店では船舶情報を載せる「ロイズ・ニュース」を発行していた。店で船舶保険業務を取り扱うようになり、これがロイズ保険会社の起源である。


【フランス・カフェ等市場調査】
今回の市場調査ではMontpellier、Paris市内でそれぞれカフェ、パティスリーやグロッサリー店を訪問した。

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<Le Cafe 1893>
Montpellierのメインストリート、コメディエ広場前にあるカフェ。
陽当たりの良いオープンテラスには多くの人々がゆったりと陣取る。
カフェ2.50~ユーロ。

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<Cafe BIBAL>
Montpellierコメディエ広場から1本細い道を奥へ入った路地に有るカフェ。
カフェ2.30~ユーロ。

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<Le Cafe>
Montpellierコメディエ広場隣接のショッピングセンター内に有るカフェ。
フードコート的だが雰囲気を重く保つことに成功している。
ジェラートも置いている。カフェ2.00ユーロ。

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<Laduree>
16, Rue Royale 75008 Paris
+33-1-4260-2179
1862年創業Parisの老舗菓子舗であり、いわゆる"Salon de The"である。
Parisで最初のSalon de Theスタイルを提唱した。
カフェ5.00~ユーロ。
20世紀初頭に創業者の遠戚に当たるMr. Pierre Desfontainesが考案し、当時と何ら変わらない製法で作られるマカロンが有名である。

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<Maille>
6, place de la Madeleine 75008 Paris
+33-1-4015-0600
1720年創業、マスタード・酢の老舗Mailleのショーケース。
古くはオーストリア・ハンガリー帝国、フランス王国、ロシア王国などへの王室御用達メーカーとして有名。

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<Cafe Madeleine>
マドレーヌ広場前に展開するCafe Madeleineの様子。
歩道に迫り出した椅子と机はかなりの面積のオープンスペースを圧迫していたが、街の雰囲気と実にマッチしていた。

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<Fauchon>
26 Place de la Madeleine
Tel : +33-1-7039-3878
1886年元々は青果商として創業の高級食材グロサリーストアであり、アップルティーに代表されるフルーツフレイバード・ティーを考案したことでも有名。
この一角には同系列のパティスリー、ショコラティエ、レストラン等も併設されている。
広場を挟んだ向かいには、Fauchonと人気を二分する、HEDIARD(エディアール)もあります。

【イタリア・バール他市場調査1】

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<Giolitti>
via uffici del vicario 40, Rome

1900年創業の伝統あるジェラテリア。レストランもバールも併設されている。

ジェラートシングル2.0ユーロ、エスプレッソ0.8ユーロ。

官公庁の集まる立地柄、スーツ姿の男性達もジェラートを頬張る姿が目立ち、国民性を感じる。

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<Tazza d'Oro>
Via degli Orfani 84, Rome
パンテオン近くにある自家焙煎の店。4連式WEGA社製マシンを3台使用。
ローマの中では比較的酸味を押さえたバランス系エスプレッソ。ブルーマウンテン100%エスプレッソなるものがあったが全く美味しくなかった。客層は観光客50%、地元50%といったところ。繁盛店である。
(オリジナル自家焙煎が自慢の有名店。挽きたての豆でいれる香り高いカフェは観光客だけでなく地元のローマっ子にも人気。名物「グラニータ」(コーヒー味のかき氷に生クリームをトッピングしたもの)や生クリームをたっぷり使った「カフェ・モカ」はぜひ試していただきたい。量り売りのコーヒー豆も人気。)

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<Caffe Sant'Eustachio>
Piazza S.Eustachio 82
店自体は200年に近い歴史が有るというが、今の場所に移ったのは1938年。
薪による自家焙煎でブラジル、コロンビア、サントドミンゴ、グァテマラ、エチオピア、ニカラグア、ガラパゴス(エクアドル)をブレンド。エスプレッソ0.80ユーロ。味は酸味系の仕上がりになっている。
(1938年創業、こだわりのコーヒー専門店。昼過ぎには毎日行列を作る人気店で薪の火による焙煎で有名。秘伝のブレンドによるコーヒーはローマでも知る人ぞ知る逸品。クリーミーなカフェ「グラン・カフェ・サンテウスタキオ」は店の名物。土・日に運が良ければローストする様子が見られる。)

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<Tre Scalini>
Piazza Navona 28
ナヴォーナ広場に面した良いロケーションに、60年の歴史のあるバール。
隣に同名のトラットリアが併設されており、一連の店が広場で存在感を示している。
酸味系エスプレッソ、0.80ユーロ。
Mokarabica社という名のロースターより焙煎豆を仕入。
(1800年代の終わりからナヴォーナ広場の一角に立つ老舗カフェ。2階はレストラン。50年以上の歴史を持つ「タルトゥーフォ(トリュフ)」というドルチェと「カフェ・コン・パンナ(エスプレッソに生クリームをトッピング)」が絶品。ジェラート各種もおいしいと定評あり。)

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<Caffe Greco>
Piazza del Popolo 5
ポポロ広場に面した高級店。
広場を挟んだ反対側にはオレンジ色の陽避けが印象的なCanovaがあるがこちらはやや庶民的である。
今回飲んだローマのエスプレッソの中で最もパンチの効いた一杯を出す店であった。といってもロブ的な嫌味はなく砂糖と調和することで上質なボディを生み出していた。店内は落ち着いており、客層も大人しく好感が持てる雰囲気。
テラス着席でエスプレッソ4.00ユーロ。
(アールヌーヴォーのしつらえの落ち着いたカフェ。さわやかな季節にはポポロ広場に面したテラス席も気持ちいい。カフェなどの各種飲み物のほか、ジェラートやドルチェ類も充実している。)

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<Bar Mexico>
Piazza Garibaldi 72
純然たるナポリ式のイメージを地で行く店。客層も殆どが地元。
レバー式で豆を多めに使い、予め砂糖を底に盛ったデミタスカップにエスプレッソを抽出する。
エスプレッソ0.80ユーロ。
(ナポリ市内に数件あるチェーン店で、ナポリっ子に大人気。その秘密はズッケラートと呼ばれる、すでに加糖されたカフェ。猛烈に甘いので身体中に気合が入る。)

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<Caffe del Professore>
Piazza Torieste e Trento 46
写真はアッラ・ノッチョーラ1.40ユーロ。
濃厚なヘーゼルナッツフレイバーが嫌味無くエスプレッソとマッチ。重厚なハーモニーが楽しめる悪くない一杯。
(ヘーゼルナッツクリームの入った「カフェ・アッラ・ノッチョーラ」は数年前にこのバールで発明された。その後、ナポリ中のバールで扱うヒット商品となったがオリジナルの味は格別。)

【イタリア・バール他市場調査2】

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<Gambrinus>
Via Chiaia 1-2

サンカルロ広場の近くに有るナポリスタイルの内装のカフェ。

ハンドルレバー式4連が2台置かれ一日に4,000~6,000杯抽出するグラン・カフェである。ジノリの陶器で提供されるエスプレッソは非常にボディフル。

(王家に菓子を献上していたカフェの老舗。街の中心にあり、店オリジナルのジノリのカップと1800年代のすばらしい内装が高級感を醸し出す。1890年の創業当時は画家や作家などの芸術家が集っていた。ナポリで一番有名な店。最高のエスプレッソほか、ドルチェ、ジェラートと種類も充実している。)



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<Gran Caffe La Caffetteria>
Piazza del Martiri 30

高級ブティックの様な敷居の高さが有る。エスプレッソ0.90ユーロ。

カウンターに並ぶと自動的にグラス水が提供される。エスプレッソはナポリ度中程度であった。

(一流ブランドショップが並ぶマルティーリ広場にあるカフェの老舗。静かな雰囲気の空間で座ってゆっくりと休憩できるのが人気。場所柄おしゃれな人たちが集う。)



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<Scaturchio>
Piazza S.Domenico Maggiore 19

スパッカ・ナポリ通り沿いに有る地元色濃厚店。

味は最もナポリ的にビタネスが高く味が各方面に尖っており好感が持てる。

エスプレッソ0.80ユーロ。

カウンターに着くと自動的にガス入り水がプラスチックコップに入れられて出てくる。

(1920年創業。有名なオリジナルのチョコレートケーキ「ミニステリアーレ」やリキュールのきいたオレンジケーキの「ザッフィロ」など、濃厚な甘さに良く合う苦味のきいたカフェがおいしいと評判。日曜の昼には菓子を買い求めるナポリっ子でいっぱいになる。チョコレートやコーヒーなどのセレクションにも定評がありお土産にもよい。)

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<Tazza d'Oro ローマ空港店>
あのローマの有名店がナポリ空港のゲート免税品店並びに進出。ナポリのバール巡りをした後ではもはやローマ風は物足りなく感じた。