001-photo01.jpgインドネシアのマンデリンに関しては、その呼び名の由来は諸説あり日本のコーヒー業界でも侃々諤々の論議がなされてきた経緯がある中で、弊社メダン現地スタッフのMr. Nurminよりその由来についてのエピソードが寄せられてきましたので掲載します。

少し昔のこと。日暮れ前、シボルガはバンダン・ビーチのほとりでゆったりと風に揺れるココナツの木の下に、そのコーヒーショップはあった。

ある涼しい夕方、漁師は海に出る前のひとときを過ごしていると、そこに軍服に身を包んだ日本軍の小隊がやって来てそのコーヒーショップに佇み同じように海を見つめ始めた。彼らは行軍の途中、寒さと眠気を散らす為にこのショップにたまたま立ち寄ったのだった。暖かいブラックコーヒーを飲み干すと、たちまち彼らはそのテイストとアロマで元気になった。一人の兵士がつたないインドネシア語で、これは何のコーヒーかと店主に尋ねると、マンデリン族のルーツを持つその店主は「これはマンデリン・コーヒーだ」と答えた。これをきっかけとして、日本兵達はマンデリンコーヒーを追い求めることとなる。

アラビカ・マンデリンコーヒーはToba湖の周辺つまりLintong Nihutaエリアや、Sumbul(Dairi)エリア、Laut Tawar湖の周辺つまりTakengonエリア等で生産されるものが最も上質のアラビカだとされている。理由は1,200mの標高に恵まれて為であり、低地産のものに比べて鮮やかな緑色で上品なアロマを伴う。

第二次世界大戦以前から1950年代に至るまで、マンデリン・アラビカはSibolga港から輸出されていた。その為バイヤー達はこのアラビカを「ドライプロセス・スマトラシボルガ」として認識していた。当時コーヒーはすりこぎを用いて原始的な方法により精選されていた為、バリ産のアラビカ等に比して非常に安値で取り引きされていた。

今日、スマトラ産マンデリン・アラビカは世界中のコーヒー市場においてスペシャリティーコーヒーとして認知され、高値で取り引きされている。

文・Mr. Nurmin